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ホーム コラム#6:谷川卓生

ミュージシャンインタビューや、あるCDをテーマとした座談会など多彩な内容でお送りするBishop コラムのページです。

Bishopコラム 第6回 update: Jun 2005

谷川卓生インタビュー
(インタビュアー:神田晋一郎)

<谷川卓生>
クラシックギターを原善伸に師事。仙台ギターコンクール3位。 ドイツ国立ケルン音楽大学卒業。主にドイツ、オーストリア、オランダで演奏。2001年より前衛音楽アソシエーション”EXIAS-J”に参加。参加作品にロシアのグループCapriceとEXIAS-Jによる西周成監督の映画”光に向かう3つの夢想曲”のための音楽「薄明の天使たち」(Bishop Records)、EXIAS-J electric conception 「avant-garde」および「balance of chaos」(PSF Records)、金野吉晃「the unsaid」(Bishop Records)。小山彰太、豊住芳三郎、羽野昌二、加藤崇之らといった日本即興音楽を支えたベテランとの活動や、フィンランドのヨルマ・タピオ、アメリカのティム・バーンズら海外プレーヤーとも積極的に行う。2004年リーダーアルバム「浄夜」Bishop Recordsより発売。世界的に見たフリーインプロヴィゼーションというものが形成してきたギターとは全く違う独自の音楽観を築いている。アカデミックに追求され構築された和声は印象主義から発する音的イメージではなく、旋律的時間の流れの上に紡がれる。

* * * * *
谷川卓生はたえず変化してきた音楽家である。Exias-J参加当初のテクニカルなガットギターからエレクトリックギターへの傾倒、Muse Im-Proseでの禁欲的な美、そしてExias-J Electric Conception。初の自己名義アルバム「浄夜」ではここ数年の彼の思考と演奏の集大成とも言うべき充実した内容の音楽が聴ける。まずは、ここに至る足跡をこのインタビューでは辿っていきたい。そして、彼の音楽・即興演奏における思考と実践、今後の展望にも迫りたいと思う。

まず、クラシックギターをアカデミックに学んでおられた谷川さんが、なぜ、どういうきっかけでExias-Jに関わるようになったのでしょうか。

□そもそもクラシックギターを学び始めた事に実はたいした動機がなく、目的はテクニックの拡充以外には無かったんです。もともとはエレクトリックギターを弾き、その頃はマハヴィシュヌ・オーケストラやマイルスのエレクトリックあたりにはまっていたので、すでに何がしかの即興演奏にしか興味はなく、アカデミックなところから即興へ移行したという感覚はほとんど無いんです。ある時期クラシックを見聞を広めるために勉強していたという感じです。
 EXIAS-J 参加のきっかけは時期的な偶然も大きいです。その頃のEXIAS-Jは、主宰の近藤秀秋がアコースティックなEXIAS-J からエレクトリックな再アプローチをしたEXIAS-J をelectric conceptionとして切り離し始めた頃でした。何回かそのエレクトリックなアプローチのライヴを一緒にやらせてもらいました。そのうちにガットギターも聴きたいと他のメンバーからもさんざん言われまして、アコースティックなEXIAS-J にも参加するようになり、全面的にEXIAS-J と活動するようになったという訳です。

当時は、即興演奏に何を見、何を求めていたのですか。

□自分にとって楽器の演奏は作曲をする為に始まったといって良いと思います。自分の中にある音を出すために楽器をいじり、その為に技術を習得してきました。それが、技術が向上していくに従い、作曲アイデアの為に確信もなく出していた音にインスピレーションを与えられるようになっていく自分がいました。そして、気がつくと何十分も弾いている。そういう自分を認識しだした頃から、作曲よりむしろ次々と沸くイマジネーションの増幅とそれを瞬時に表現できる正確な演奏技術にテーマが移っていきました。ただ楽曲という概念、一つの曲としての時間構成は常に意識されているので、気まぐれな即興になる事は少ないですね。

Exias-J Electric Conceptionでの、近藤秀秋さんとのコンビはすばらしかったですね。近藤・谷川のサウンドこそExias-J Electric Conceptionの核だったと思います。今、谷川さんはExias-J Electric Conceptionをどのように評価していますか。

□グループ・インプロヴィゼーションなので当然いろんな感性を持った人が音を出しているわけですが、当時理解できなかった他のプレイヤーの音が今になって理解できるということはよくあります。また逆によかったと思っていた部分が嫌になってきたりもするわけですが(笑)。そういう意味でも多種雑多な感覚が非常に濃密に詰め込まれているサウンドだと思います。聴く人によって好き嫌いや感想が幾通りもあるような。ライヴでもほとんど決め事が無いにもかかわらず、楽曲としての時間軸を皆が把握する事ができ、その上で各プレイヤーの綱引きやバランス感覚が交錯する緊張感は聴き応えがあると思います

谷川さんは、ギター奏法にも常にいろんな工夫を凝らしてきました。ギターそのもののあり方が、谷川さんにとってどのように変化してきたのでしょうか。

□まず求める音が楽音だけにとどまらなくなってきたという事があります。パーカッシヴな音であったり、音響的な振動そのもののような音、またギターでは難しい強く圧縮し続けるような音など。他の楽器を羨ましく思った事も多々あります。ただ持論として限界があって初めて個性と技巧が極まると思っているので、求める音が容易に出そうな別の楽器を使う事は考えません。よく曲の途中でピアノ弾いたり、ドラム叩いたり、菅を吹いたりと楽器を変える人がいますが、見ていて「あんた、いったい何やりたいの?」って思ってしまいます。そうするなら全ての楽器を断片的に使うのではなく同時平行して演奏し、なおかつそれらが全てソロイストして卓越したものにしてくれと思います。話が逸れました(笑)。エフェクターに関しても、ヴォリュームペダルと歪系しか使いません。電気的な変調はギターである必要性をとどめるところまでですね。ほとんどは物理的に道具でやりますし、その方が遥かに説得力のある豊かな音が出ます。それら様々な音を求めたときに瞬時に楽音と平行して出そうと思っているので、最近ギターがごてごてにオプションだらけになってきました(笑)。

最新作「浄夜」はとても充実したアルバムですね。人懐っこい音楽ではないけれども、なぜかとても惹きこまれます。収録曲をみなライヴ音源にしたのは、何か理由があるのでしょうか。

□先にも述べたように自分にとっては作曲と演奏の同時性が強いので、改めてプランを練ってスタジオで録音するという事はあまり肌に合わないんです。その時に作品クオリティーを満たすベストな集中力とパフォーマンスができるとは限りませんし。そういったパフォーマンスは、むしろライヴでぽつぽつと生まれる事の方が多いし自然な気がします。

コントラバスの河崎純さんとの組曲のような冒頭の三曲は特に秀逸な演奏だと思います。河崎さんとのやりとりはどのようなものだったのでしょうか。

□事前にはまったく何も無かったです。確か河崎さんとデュオをしたのもこれが初めてだったと思います。ただ、それ以前に河崎さんの呼吸や演奏を何度も見て聴いて、またそれに対応できる技術を身につけるのに十分時間はとりました。

即興演奏を「自分が次第に所在を失い、主観と客観の境界が限りなく曖昧になった世界」 に入り込む手段として位置づけていらっしゃいますが、それは忘我の境地に近いのでしょうか。即興演奏を理性によってコントロールすることとのバランスをどのようにお考えですか。

□確かに忘我といっていいかもしれませんが、自分の理性を越えてコントロール不能であるような爆発的な表現に向かうのとはかなり違います。クラシックギターの演奏をする時もそうですが、ギターを演奏している自分よりも聴衆としてその音を聴いている自分、または指揮者として演奏している自分をコントロールしている別の自分を感じる事の方が多い。そしてその狭間で高揚してくるうちに、自分自身が演奏しているのではなく、誰かに演奏させられているのではないかと思えるぐらいに自分と切り離されて音が紡ぎ出されていくし、それを楽しみ批評している自分も存在している状態になっていくのです。そこまでいくと果たしてそれがコントロールされているかどうかは微妙ですが。

今後の活動はどのように展開されていくのでしょうか。何か進行中のプロジェクトや演奏予定、あるいは今興味があることやコンセプトなどを聞かせてください。

□刻々と変化していく自分の音楽感性を自由に、そして正直に表現していくには形式やスタイルといったものは束縛以外何物でもない。また、演奏する自分自身の演奏、作り出す音に感動し続けるには即興、もう少し具体的に言えば音楽構造を意識したフリーインプロヴィゼーションという手段はこれからも中心となっていくでしょう。ただ、最近特に自己表現としての即興と同時に、観客にイマジネーションの喚起であったり、何がしかの作用をパフォーマンスとして与えるためには多少の作為も含めて努力の必要性を感じています。音楽や舞踏、ヴィジュアルアート等、いろんな分野の即興において、それぞれの観客がほぼ同様に「解らない、難しい。」と口にします。それに対して演じる側は「考えるのではなく感じてください。」と言うこと多い。しかし感じるということはそもそも自然に蜂起される感覚で、感じてくださいというのはおかしい。自然に何も感じさせることができなかったわけですから。また、イマジネーションをうける刺激は人によっては聴覚または視覚、振動からの体感というように様々だと思うんですが、皆一様に一つの感覚器官から受ける情報摂取量を同一と無意識に仮定し、観客が理解できないのはその人の想像力や経験の有無によるものと見なしていたところが少なからずあったなと反省しています。視覚、聴覚、触覚、また明快と複雑、秩序と無秩序、などそれらを見せるにあたって説明とまではいかないまでも、観客をいざなう構成と仕掛けにもう少し気を配っていきたいと思います。優れたパフォーマンスには観客を”魅せる”戸口がたくさんあり、間口は広く奥が深い。もちろん構成云々ではない理解を超えた圧倒的なパフォーマンスがあるのも確かですが。
 今、特に興味を持っているのが神楽。いわゆる昨今の客寄せ神楽ではなく、書籍から借りた説明になりますが、その本義に"神霊を招き迎え、舞手の手振りは神態として神の憑依した姿となり、舞人自身が忘我の境地で神の憑代となって歌舞すること"を持つ本来の神楽です。自由、様式、伝統、技巧、忘我といった特徴をもともと持っているので、前衛やオリジナリティーといった要素との親和性がものすごく高い。その神楽をもとに企画しているのが新神楽シリーズで、企画第一弾は等身大の人形と自身の身体を使って独特のパフォーマンスをする岡本芳一さん(百鬼どんどろ主宰)をフィーチャーします。神楽は長い歴史の中で、地域特性や外来文化などの影響を受けて様々に発展してきましたが、なるだけ後世に付加された飾りを取り払い、神楽の儀式的要素と意味を踏まえたうえで、アーティストが既成概念の殻から抜けだし忘我の境地で歌舞する儀式として現代に再構成することを目的にしています。2005年は8月27日にBankART 1924 Yokohamaでの公演、11月9日から14日まで江古田のストアハウスで開催されるフィジカルシアターフェスティバルで期間中に2公演やりますので、みなさんぜひ観に来てください。

《谷川卓生 ディスコグラフィー》

《谷川卓生 公演情報》
2005年
8月27日(土):「人形神楽 featuring 岡本芳一」 at BankART 1929 Yokohama

〒231-8315 横浜市中区本町6-50-1
TEL : 045-663-2812 FAX : 045-663-2813
http://www.h7.dion.ne.jp/~bankart/
アクセス:
横浜みなとみらい線「馬車道駅」1b出口[野毛・桜木町口(アイランドタワー連絡口)]
JR・市営地下鉄「桜木町駅」徒歩5分
JR・市営地下鉄「関内駅」徒歩7分

11月9日−14日:「人形神楽 featuring 岡本芳一」 in フィジカルシアターフェスティヴァル at 江古田ストアハウス
〒176-0005 東京都練馬区旭丘1-76-8 第5東京ビル4F
TEL:03-3954-7246/FAX:03-3954-7258
http://www.storehouse.ne.jp/

 

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